2017年04月28日

なぜアダム・スミスに注目したのか

なぜアダム・スミスに注目したのか。

来月刊行の『アダム・スミス  競争と共感、そして自由な社会へ』(講談社選書メチエ)の概要解説には「なぜ今、アダム・スミスなのか――。自由競争の理念を掲げて豊かさを追求する社会を論じる『国富論』と、(中略)… 閉塞する現代社会を超克する指針をしめす!」

行き過ぎた「自由競争」や「閉塞する現代社会」から経済的な原点たるアダム・スミスに注視する考え方がある。
私の場合は、それとは少し異なる。『「豊かさ」の誕生 成長と発展の文明史』(ウィリアム・バーンスタイン著)を読んだことがきっかけだ。

「一八二五年から一八七五年までの半世紀の間に、人々の生活に訪れた根本的な変化は、人類史上の他のどの時代よりも劇的だった。私たちは、現代が最も急速な技術革新の時代だと考えがちである。だが、これは大いに間違った思い込みだ」(上巻320ページ)

著者の主張する、「人類史上の他のどの時代よりも劇的だった」のは地域的にはイギリス、フランスを中心としたヨーロッパを指しているはずだが、その地域の1825年〜1875年の半世紀の時代相を調べてみることにした。

最初は、ジャーナリストでもあった作家チャールズ・ディケンズ(1812-1870)の作品や彼の評伝から取り掛かるのがよいかな、と思った。彼の生涯は、場所も年代(1825年〜1875年)もほぼ重なる。その次はフランスのパリではバルザック(1799-1850)か。

しかし、「人類史上の他のどの時代よりも劇的だった」時代(1825年〜1875年)の萌芽期から進めた方が分かりよいと思い直し、産業革命の端緒を開いたスコットランドに場所を定め、その代表者としてアダム・スミス(1723-1790)に行き着いた次第だ。
動力の先駆けとなる蒸気機関技術の先陣をきったジェームズ・ワット(1736-1819)もスコットランドで、アダム・スミスの生きた時代と重なる。

私には大き過ぎるテーマであるが、いくつかの調べものの一つとして、気長に、楽しみながら取り組んでいきたい。

今日の夕方から海外へ。5月7日まで留守にする。
posted by 太田黒 剛 at 10:34| 日記

2017年04月20日

ボストンマラソン、大迫快走、愛国者の日、それからアダム・スミス

4月17日(月)、ボストンマラソンで大迫傑が3位になる快走。
日本人有望ランナーのマラソン大会エントリーには、事前確認しているので、大迫の初マラソンにも前々から楽しみにしていた。

最後のゴールに駆け込む映像を見ると、トラックの走り方と同じようだ。腰高のアップライトな態勢でバネのきいた走り方をしている。初マラソンであのフォームでよく最後までもったものだ。

大迫と言えば、昨年のリオ・オリンピックの陸上トラック、5千メートルと1万メートルの日本表選手で、東京オリンピックもトラック競技で挑むものと思っていたが、どちらしにしても楽しみだ。

ところでボストンマラソンはどうして月曜日開催なのか訝しく思ったが、4月の第3月曜日にアメリカ合衆国のマサチューセッツ州、メーン州、ウィスコンシン州の3州限定の祝日らしい。アメリカ独立戦争の緒戦にちなんだ「愛国者の日」(Patriots' Day)。

話は飛ぶが、アメリカ独立戦争について、スコットランド人、アダム・スミスは、当時、「アメリカ植民地を自発的に分離し、独立国として承認すること」を提言していた(『アダム・スミス』瞠目卓生著、中公新書259ページ)。
今月、この新書の『アダム・スミス』と『真説 アダム・スミス』(ジェイムズ・バカン著)を読んだばかりだった。
なぜにアダム・スミスなのかは、機会を改める。
posted by 太田黒 剛 at 17:58| 日記

2017年04月15日

熊本地震から1年

熊本地震から1年。
手帳で当時のことを辿ってみると…

「4月14日(木曜) 
15周走る。(平日の日課であるアクアドームでのランニング。通常は12,3周なのだがこの日は多めに走っていたらしい)
夕食(餃子)を食べ終えて、しばらしくしていたら夜9時26分、熊本で大地震発生。テーブルにもぐらねばならぬほど。
心配したのは店の方、特にパソコンは大丈夫か。(店舗の大きなテーブルに2台のノートパソコンを置いているが、バックアップを怠りがち、しかも電源を切った後もスクリーンを閉じていない)」

「4月15日(金曜)
朝出勤、店内で心配だったパソコンは無事。パンフレット棚が倒れて散乱。実害はそれほどない。
8周ジョグ。アクアドームにはほとんど人がいない。
夕食は煮込みハンバーグ。
夜中の1時半頃に大地震。津波警報発令、車で南部センターへ避難。早朝に帰宅」

「4月16日(土曜)
朝、出勤、またもパンフレットが散乱、お見舞いメールへの返信。
ガソリンスタンドは長蛇の列、スーパーも閉店。
午後、近所の親戚の家の屋根補修工事の手伝い。
昼、夕食ともにバームクーヘンと牛乳」

本震の後、バームクーヘンと牛乳しか摂っていなかったのだ。食糧に困った記憶はまったくない。<あの状況でも恵まれていた>という記憶しかない。
posted by 太田黒 剛 at 10:15| 日記