2017年09月30日

山縣亮太のテレビ・ドキュメント

ここ数年は、10月下旬開催の「ツルマラソン」(鹿児島出水市)がマラソンの走りはじめの大会としている。今年も早くからエントリーしていたが、なんと衆院選挙日と重なったことで、大会中止となった。
地震、水害など天災により大会中止となることはあるが、今回は、大儀なき解散総選挙という人災を被ったということか。

先日、陸上競技100メール走で10.00を記録したスプリンターの山縣亮太のテレビ・ドキュメントを見ていたら、彼はトレーナー1名、マネージャー1名(大学の同級生)のたった3人でやっているとのこと。

私は以前から素質と勢いが優先しているように感じる桐生よりも山縣の方に共感していた。

「セイコー」がスポンサーで、「セイコー」そのものは社内に陸上競技部があるわけでなく、実態は山縣選手ひとりがいて、最小ユニットで運営しているプロランナーということだ。

トレーナーの仲田氏もフリーランス。元阪神の桧山進次郎の専属トレーナーだったことで思い出した。ネットで確認したらホリプロ所属とのこと。
これが現在のプロフェッショナル・アスリートの形なのだろう。

企業や大学などに所属せず、信頼できるマネージャーとトレーナーとを一人ずつ契約して、最小チームを組む。ゴルフ、テニスなどソロで各地を転戦するプロプレイヤーはこの最小ユニット運営に向いている。しかし、参加大会の数が少ない陸上競技となると、資金面の問題があり、それが可能となるのは、ほんの一握りのトップ・アスリートのみだろう。加えて、いつも一人で走る練習を続けるのは相当の精神的なタフさが要求されるように思う。
posted by 太田黒 剛 at 10:06| 日記

2017年09月16日

『木村政彦はなぜ…』を読む

隣町の川尻町の歩道橋に「木村政彦生誕百年記念」と大きな横断幕があった。

ちょうど先月のお盆休みに『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(増田俊也著)を読んだばかりだった。
この本は、長い間、本棚に置いたままにしていた。格闘技の本は、私にとっては、面白すぎて、すぐにのめり込んでしまうので、敢えて滅多には手にしないように自戒している。今年のお盆休みは長く取れたので、ここぞとばかりにこの本を読み始めた次第だ。

稀代の柔道家、木村政彦が私の住む隣町の川尻町出身ということは知っていたが、その他は、その強さを表す有名な表現である「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と、プロレスラーに転じて力道山に負けたことを知っているくらいだ。それも二十歳くらいの頃、劇画『空手バカ一代』を通じてである。

この『木村政彦はなぜ…』を読んでみて、私は隣町出身の稀代の柔道家、木村政彦を何もしらなかったことに悔しさをおぼえた。その強さと比例するが如く彼の波乱万丈の人生遍歴を、なぜに、これまで知らなかったのかと。

学生時代に柔道部に所属していた著者は、木村政彦「先生」に溢れんばかりの敬意と尊敬を持って、「力道山に負けた」汚名を晴らすべく「世紀の一戦」を検証する。検証の結果、予想外の論点もでてきて、著者の気持ちと立ち位置も揺らぐ。それも誠実に表現さており、好感がもてる。

木村政彦は、ハワイやブラジルでのプロレス興行で稼いだ金は蕩尽してしまい、晩年は経済的には困窮したようだ。
なんで熊本の偉人はこうなのだ。宮崎滔天もだし、私が畏敬する石光真清も…

『木村政彦はなぜ…』の著者の増田俊也氏の他の著書もすぐに読んだ。
『七帝柔道記』、『北海タイムス物語』。どちらもとびっきり面白かった。
特に『七帝柔道記』は、私の中では、『冬の喝采』(黒木亮著)と双璧をなす大学スポーツ・武道の青春記の傑作だと思う。
posted by 太田黒 剛 at 10:21|