2016年06月25日

すっぽん料理

上海へ添乗した時、江西料理のフルコースを食べた。
その中で、すっぽん料理がでてきた。

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愛用している『中国料理用語辞典』(井上敬勝編)によると、「すっぽん」は中国語で「水魚」(シュイ・ユイ)。もしくは「元魚」、「甲魚」、「団魚」、もう一字あるが日本にない文字。
以外な文字を当てている。中国は古来、甲骨文字があるくらいだから亀とは深い結びつきがある。「すっぽん」を「水魚」と表現するのにも何かしら意味があるはずだ。
それから同辞典では「タイ産のものが大きくて最高とされている」とある。

実際に食べたすっぽん料理は、濃いソースがかけてあり、身はあっさりしており、鶏肉のような歯ごたえ。おいしかった。
日本ですっぽん料理といえば、鍋で、その身を食べるよりも、すっぽんから出る出汁を珍重する。ずいぶんと食べ方が異なる。

初日の夕食に鶏料理と思って注文したのもが、どうも蛙ではないかと、皆さんから不評をかった一品だった。蛙(食用)は中国語で「田鶏(ティエヌ・ヂィ)とある。はやり蛙だった可能性大。
posted by 太田黒 剛 at 11:17|

2016年03月03日

東京マラソン観戦記

先週日曜の東京マラソンは満を持して観戦した。
スタート前にこんなに楽しみし、わくわくした大会はない。
私が注目しているランナーがこの大会に続々とエントリーしている。

村山謙太(旭化成)は、宗猛総監督が「(他の選手と)次元が違う」とまでコメントしていた。強豪、旭化成には2時間8分台の実績のあるランナーが二人も在籍しているのに、著名な指導者が「次元が違う」と言うのだから、革新的なマラソン・デビューをするのでは期待した。

服部勇馬(東洋大学)は、まだ学生であるにもかかわらず早くもマラソンに照準を合わせており、その志の高さに好感が持てた。箱根駅伝の時を見ていても、彼の走りには「意志」が感じ取れた。

その二人とも途中でよもやの失速。行くべき所で攻めた走りには、<さすが>と思わせるものがあった。二人とも若くて、これがマラソン・デビュー戦であるし、「次」がある。
しかし、オリンピック出場という大きなチャンスを一発でしとめてもらいたかった。
一発でしとめきれるか否かは、その選手の資質、いくすえを大きく左右するであろうから。

藤原新も、職人的な走りでいつも注視しているランナーだ。彼のランニング・フォームは参考になる。

今井正人(九州トヨタ自動車)は、昨年の大病が原因なのか精細を欠いた。あれでは悔いが残ろう。「行き時」の決断をしなかったのだから。

『2時間で走る フルマラソンの歴史と「サブ2」への挑戦』(エド・シーサ著)を読んでいたので、アフリカ勢のランナーにも注目した。観戦中は、この本を横に置いていた。
この本の中で、主役級で登場するムタイが「出ている」と、思わず力が入った。しかし、同じケニア人で「ムタイ」でも、その本のランナーは「ジョフリー」・ムタイ。
東京マラソンでゼッケン番号1番のランナーは「エマニュエル」・ムタイだった。
名前の他に二人の共通点は、2時間3分台(ツー・オー・スリー)ランナーであることだ。

この二人のムタイに現在、世界最速記録保持者のデニス・キメットが絡んでくると、世界トップ・ランナーの勢力図が見えてきて面白い。
世界唯一の2時間2分台(ツー・オー・ツー)ランナーであるキメットは、『2時間で走る』によると「(ジョフリー)ムタイに見いだされ」た、いわば弟子筋のランナーで、二人が最後にせった時には「暗黙の了解」があった。
そのキメットは、2013年のシカゴ・マラソンで「エマニュエル」・ムタイをおさえて優勝している。「エマニュエル」・ムタイが2位、キメットが1位。

ゼッケン番号1番の「エマニュエル」・ムタイはがどんな走りをするのか見ものだった。
ところが外国人トップ集団が映る画面を凝らして見ても、他のランナーを後ろにいてほとんど映らない。ムタイが集団を支配していない。どうみてもトップ集団の主役はゼッケン番号2番のディクソン・チュンバ(ケニア)だ。ムタイは、といとう最後まで見せ場をつくることなく、2時間10分を超える平凡なタイムで終えた。

てっきりチュンバが優勝か、と思ったら、彼の後ろを走っていたフェイサ・リレサ(エチオピア)が最後の2キロくらいで追い越し、そのままゴールした。リレサは前半いつも外国人トップ集団の最後尾におり、彼は脱落するだろうとみていたのだが。

ケニア、エチオピアのアフリカ勢は、選手層が厚い。
posted by 太田黒 剛 at 18:00|

2015年02月07日

食物禁忌

朝読で『食と文化の謎』(マーヴィン・ハリス著)を読み終える。
人類学者が、ヒンドゥ教徒が牛、ユダヤ教徒とイスラム教徒が豚、そしてアメリカでは馬と、それぞれの動物の肉食をなぜ禁忌しているのかを説く。

わたしが畏敬する小島剛一さん(フランス、ストラスブール在住の言語学者)がblog(http://fjii.blog.fc2.com/)で「食物禁忌」についてシリーズ化し、実体験を交えながら解説している。それが興味深く、もっと知りたくて専門書をあたった次第だ。それにしても、なぜいままで、「食物禁忌」について興味をもたなかったのだろう。いまさらながら己の感度の鈍さに閉口する。

ヒンドゥ教徒が牛肉を禁忌する理由は、初めてインドを旅し、ベナレスの日本人バックパッカー宿「久美子ハウス」の主シャンティさんから教えてもらった。宿の屋上でガンジス川を眺め、夕涼みをしている時だったと記憶している。20年以上も昔の話だ。

イスラム教徒が豚肉を禁忌するのは、インドネシアのイスラム教の青年から説明を受けた。

その時には、へ〜ぇ、そんなものか、と思っただけだった。

『食と文化の謎』は、どの地域、どの宗教がなぜ特定動物の食肉を禁忌するかを、合理的なコストとベネフィットの「最善化採餌理論」によって説明する。
巻末の翻訳者の解説文を読むと、著者のマーヴィン・ハリスは人類学者としては「異端者」とのこと。では、人類学会の主流派は、食物禁忌についてどう考察しているのか、知ってみたくなった。ということで、この分野に分け入っていこうと思うが、予想外に食物禁忌に関する本が少ないようだ。
posted by 太田黒 剛 at 12:03|